2016年08月15日

2016年8月10日夜発〜14日 黒部川上ノ廊下(北ア・立山)〜前編<8月10N−8月12日>

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チャンスは突然に訪れた。

8月8日の20時頃、私はT崎さんの池郷下部ゴルジュの報告を目にし
リベンジに帯同させていただきたくT崎さんにメールを入れた。

帰ってきた答えが
『そんなことよりカミノローカどう?』だった。
元々8月11日〜13日で宮川大和谷を遡行し北股川の南股谷を降渓し、ビシャグラ谷を再び詰めて白髭山から
北和田に2泊3日で釣りながら単独で歩くというジジむさい沢旅を届け出ていた。
また友人からは『父が谷を遡行し鯎ノ高から大杉谷方面に降り、あらかじめデポしておいた竹筏で宮川ダムを漕いで入渓点近くに戻るんだがどうだ?』みたいな話もあった。

上ノ廊下
この一言ですべてブっとんだ。
声をかけてくれたことがうれしかったし、こんなチャンス二度とない。
俺でいいのか???の思いはありつつも次の瞬間その場で妻に土下座して
遠征の許可をもらった。


[参加]野村・谷崎・齋藤(記)
[天候]全部通してスカっ晴れ。


10日の18:30
集合地点の大阪駅前第2ビル前に野村さんは既に居た。
程なく谷崎さんの車が現れ、一路立山へと走らせる。
立山の駅前についたのは11日のAM0:30頃だった。
既に満車になろうかという駅前の駐車場に車を停め、
車の後ろの歩道に各自マットとシュラカバを広げて寝酒をあおり寝入る。


★8月11日
朝5:20からのケーブルカーのチケット発売開始のため、4:30には起きて
支度を始める。チケット売り場にはすでに長蛇の列で始発は無理だったが6:10の便のチケットを
確保することができた。
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ケーブルカー〜バス〜トロリーバス〜ロープウェイと乗り継ぎ
8:17に黒部平着

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甘露な水にのどを潤し、出発。
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黒部湖の左岸につけられた山道をひたすら3時間歩くことになる。
微妙なアップダウンとひと月ぶりの肩に食い込む重荷が体力を徐々にそぎ落とす。
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11:40に平ノ小屋下にある渡船場につくと、そこには40人ほどの行列がすでにできていた。
おそらく大半が扇沢から入ってきた人たちなのだろうがほとんどがロープやらヘルメットやらをザックに
括りつけて一目見て沢登りの人たちだとわかる。

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12時発の船は幸い2往復出してくれるという。我々は首尾よく2便目に乗ることができた。
当初の予定ではここまでのアプローチをウォームアップとして無理をせず14:00の船に乗れば
16:00には奥黒部ヒュッテのテン場につくと踏んでいたため、これで2時間は余裕ができる。

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対岸の船着き場につくといきなり急登でダムの右岸にバックウォーター沿いに伸びる山道に入る。
ここからは約2時間ほどのアプローチになるがこれもまた乗船前のアプローチに劣らずアップダウンが
ある。
当然ながら先ほどよりは山深く険しくなるので斜面の崩壊を避けた桟道の登下降の頻度や高低差も
大きくなり息が上がる。濡れていたら通りたくないつるつるの丸太の桟道に気を使いながらの行程が続いた。
14:30に奥黒部ヒュッテ到着

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700円/人のテン場代を払い山行計画書を提出すると、500缶のビールを買って
まずは入山祝いにベンチで乾杯。
一息ついてからテン場の隅のほうにロープを渡し、三名それぞれのツェルトを縦列にかけた。
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★8月12日(入渓)
夜が白み始めるころ起き出して朝食をとり
示し合わせたように撤収をはじめ
06:20行動開始。
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快晴
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テン場で幕をかけていたほかの登山者はほとんど水晶のほうにヘッデンで上がっていったのか
まばらなテン場を後にまずは東沢を少し下降
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ほどなく広い本流の河原に出合う

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左岸から熊の沢を入れて渓は右から左へと大きく湾曲をする中
時折渡渉を交えながらおおむねゴーロ歩きが続く。
盛夏とはいえ、北アルプス奥黒部の水の冷たさに平凡な歩行の中でも気が引き締まり
緊張と期待のメーターは徐々に上がってゆくのがわかる。
流れは早く、膝上までの渡渉も早速現れ、スクラム渡渉をいくつか練習がてら交える。

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右岸から斜瀑で落ちる渓が合わさり両岸に切り立った斜面が目立ちだす。
遡行開始から1時間で目の前に巨大な壁が立ちはだかり渓が左に屈曲しているところに出くわした。

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いよいよ第一の関門『口元ノタルの淵』を従えた『下ノ黒ビンガ』帯に突入する。

口元ノタルの淵は既に先行する2パーティが中部まで入ったところで渋滞しているのが見える。
とりあえず右岸を腹上までつかりながら壁際にへつって岩陰に回り込むと
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もう1パーティが目の前で右岸をへつり泳ぎ渋滞をやり過ごそうとしていた。
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右岸側はさすがに水流が強く戻されてきており、あきらめて左岸まで泳いで行った。
そこからは右岸を泳いで淵中ほどの落ち込みの手前に鎮座するテラス状の岩まで。
渋滞はその辺で発生しており、なんだか誰がどのパーティなんだかわけわかんない状態(笑

上ノ廊下、渋滞中。

直前の2人組のおじさんが左岸に達し、そのまま左岸をへつってその渋滞のさなかに突っ込んだのを確認して
我々もまずは泳いで左岸にわたり浅瀬で待機することにする。
齋藤、ロープ引いて淵に進み出る。
半分ほどまで砂で埋まった胸あたりまでの深さで流れもきつくはない。
3mほどだけゆるっと泳げばあっけなく対岸についた。

いずれにせよ、この先のテラス岩の半狂乱が収まらんとどうにも前に進めない。
日の当たらない淵のさなかで40分ほど待って、テラスの人が残り一名になったのを見て
再び齋藤が泳ぎつき、後続を引く。
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テラスの上方では左岩壁を巻き越えるパーティが上をふさいでいたので
そこから水線際をへつる作戦で齋藤が落ち込みに進む。
落ち込み手前の岸壁に走るクラックを拾い#1のカムを決めてから
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さらにへつり進み、激しく流れる落ち込みの際に足を置こうと突っ込むが、軽く左足をトばされた。
そのまま『こりゃあかんですわー』と野村さんに伝えようと首を後ろに振ると
なんと野村さんがマサカの水線中央突破中(笑
よく見ると胸水位である。サラシで分かりにくかったがこのあたりの読みはホンマに
野村さんのすばらしさ。

落ち込み激流の上に野村さんが這い上がったのを見て、私は戻って同じラインを辿る旨伝え
再びテラスに戻り、野村さんの引いていたロープを中間八の字で谷崎さんが進むのをフォローした
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左岸では先行パーティが巻き越えに難儀していた。
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そこからさらに急流の中をかき分け左岸に再び転じて左に屈折した淵を低くへつり越えると
口元のタルの淵は終わり、右岸に日当たりのよい岩場が出る。
ここで一本とりながら冷え切った身体を温める。

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この先はさしたる難所もなく、とはいえ数限りなく急流の腿〜腹までの渡渉を繰り返し
歩み進める。
廊下沢のゴルジュを進み
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抜けた先の広い河原をゴロゴロ歩き
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中ノタル沢の出合いを見送り
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上ノ黒ビンガが姿を現した。

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ものすごいスケール感。
晴天の抜けるような青と相まって、日本離れした不思議な光景に酔いしれた。
左右から水量豊かな滝が次々と切り立った岸壁にかかる。

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高揚した気分と満足感に浸りながら歩みを進めると、黒5跡と思しき広い河原に再び入った。

ここは金作谷が崩壊した土砂が『黒五』と呼ばれた崩壊ダムを造った跡とのことで
程なく大きなガレ谷が左岸から合わさるのが見えた。
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14:30
本日の予定ではこの左岸の広い地形に幕場を求めることになっていた。
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右岸台地の上は石がゴロゴロした草地でちょっと土木作業が厄介。
時間も早いし、この先もう少し進んでから適地を見つけようか?思案討議したが
おそらく先行パーティの足も似たり寄ったりで幕場の確保も困難だろうということと
地形図から見てもこの先幕場になるようなアテがあるわけでもなさそうということで
天候も夜間の雨などでの増水リスクも可能性低いなら台地下の砂地に幕を張り
万一の急変の際には台地に避難すればよかろうと、予定通りここに幕することにした。

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台地の上には豊富に乾いた薪があり、その晩は満天の星を眺め
折からのペルセウス流星群への期待を肴に火を囲み静かに飲み語らった。

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後編に続く







posted by 飄逸沢遊会 at 22:56| Comment(3) | TrackBack(0) | '16年 山行報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
めちゃめちゃ楽しそうやないですか!!
遠征って良いですね!

野村さんの中央突破、想像できて笑いました。
Posted by まくうち at 2016年08月16日 07:20
(口元のタル沢出合先のゴルジュに関する補足)
 斉藤氏命名の「テラス岩」は、Webで見る限り、昨年までの遡行記録写真には見当たらない代物です。
 河道内の転石分布にもかなりの違いがみられ、昨年までと状況が大きく変化しているようです。
 今回、中央を突破できたのは、水量が少なかったことだけでなく、河床状況が変わって浅くなり、やや平滑化したためと推察されます。奔流もメインの落ち込みからほぼ中央を通っていたものが、右岸寄りとなっていました。下流部も砂が堆積して浅くなっていましたし。
 河床変化はよくある自然なこと、だからこそ「沢」は面白いとも言えますが。
Posted by 野村です。 at 2016年08月18日 20:11
【補足2】
 中央突破した後も荒瀬と淵のミックスゾーンがあり、流れのある淵を右岸べりまで泳ぎ渡ることになったのですが、Tさん、奔流の中で死の縁を垣間見たそうです。
 お〜、こわ!
Posted by 野村です2 at 2016年08月18日 20:26
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