2016年10月29日

板取川 海の溝洞

[日時]2016年10月16日
[場所]岐阜県 板取川(いたどりがわ)川浦谷(かおれだに) 
    海の溝洞(うみのみぞぼら)
[参加]幕内弟(L記)幕内兄 片山
[天候]晴れ 

今年9月にも来ている板取川。
今回は海の溝洞を目指し、10月に泳ぎメインの沢ということで少しビビりながらもウエットスーツを準備してやる気は満々であった。
板取温泉で前夜泊するが、数年前に断酒した兄は宴には参加せず、そうそうにセレナのドアがしまり車中泊、弟と片山さんは二人でしばらく呑んだ。
月が明るく、ヘッデン不要であった。25時までにテントに潜り込んだ。

5:50
テントから這い出すが寒い。夜露で濡れたテントを触った手が冷たくて、この先の泳ぎが不安になった。
3人で簡単な朝食を済ませ、美味しい美味しいコーヒーを淹れた。

7:10
温泉駐車場をセレナ1台で出発。川浦渓谷を目指した。途中で道を間違えたが、川浦渓谷の駐車場へ到着。

7:35
装備を確認し、いざ出発。兄はサーマレストのウレタンマットをザックの上部にくくりつけ、ザック内のモンベルの20リットルの半透明防水袋に空気をいっぱいまで入れて膨らまし、さらにウエストポーチにシュリンゲを詰め込んでいた。

兄は得意げに「これで落ちても背中・首・腰が守られて、流されても浮くわ」と笑っていた。
弟は「確かにそうやわ、さすがお兄ちゃん」と思ったが、それを言葉にして言ったか覚えていない。
遊歩道を歩いて入渓できそうな場所を探した。
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当初の計画では、川浦谷の70mゴルジュ上部から入渓し、泳ぎくだるはずであった。しかし、水が冷たそうで、予定変更し海の溝出合いの下流から入渓することになった。
トンネルを出てすぐのルンゼ1からの入渓を試みた。
弟がロープを出し、兄が先頭で懸垂下降でルンゼを降り、入渓できそうか偵察した。難しそうであった。
ゴボウで兄が遊歩道へ戻った。弟がロープを回収する間に、兄は遊歩道を移動開始した。
弟がロープを束ね、首にかけて運んだ。弟はこのあと、すぐにロープが必要になる可能性が高いことは感じていた。

7:53
兄を先頭に遊歩道を南東へ少し移動し、ここならいけそうなルンゼ2を発見。

7:55
兄、弟、片山さんの順に遊歩道の柵をまたぎ、樹林の斜面をソロソロと降りる。上流側に湿った枝沢があった。この枝沢は岩でできており、ロープなしのクライムダウンは、なかなか危なそうに弟は思った。立木は豊富にあったので、支点を取って懸垂で降りるべきか、弟は考えていた。
下流側には手がかりの少ない草つきスラブが見えていた。
弟が立木をつかみながら、後ろ向きにソロソロと降りていたところ、川床方向を振り返れば兄が見えなかった。
右手(上流側)に深いルンゼ(枝沢)、左手(下流側)にゆるやかな草つきスラブであった。
真ん中はカンテで、こんもりと盛り上がり、先でストンと切れ落ちていた。
姿の見えない兄はどっちへ行ったのか、わからなかった。

8:15
呼びかけても返事がなかった。
左のゆるやかな草つきスラブへ進んでみるが、叫んでも返事がなかった。
しっかりした立木の下は草つきスラブになっており、弟が立木を支点に30mロープをかけ、懸垂で下降を開始した。
弟が懸垂途中で安定したスタンスに立ち、沢を見渡し、笛を吹くが返事がなかった。
草つきスラブの真下の浅瀬に兄の沢シューズが見えた。
弟の鼓動はどんどん早くなり、寒気がした。
よく見るとシューズは脱げており、弟は大声で「おーい!おーい!」と叫び続けた。
兄の返事が聞こえた。
しっかりした力強い声で「落ちたー!うごかれへん!」と兄の声がきこえた。
弟は「まっとき!」と兄に声をかけ、焦りながらも川床へ降りるルートを探した。
兄の声が聞こえた位置はルンゼの真下であり、落石があればかなり危険であった。さらに弟の懸垂用ロープは川床へは達していなかった。弟は上部の支点で待つ片山さんに兄の滑落を大声で伝えた。
弟は片山さんに指示をだした。
懸垂支点の立木にシュリンゲをタイオフし、そのシュリンゲに片山さんの30mロープの末端をフィックスするよう指示した。
片山さんがフィックスしたロープを、弟に投げて、弟の懸垂ロープを解除し継ぎ足せば、川床へ懸垂で降りれると、弟は考えた。
片山さんが作業してる間、弟はずっと兄の脱げたシューズを見つめていた。
兄と弟がトランシーバーを持っていたことを思い出した。
弟は支点まで登り返し、片山さんにセルフビレイを取るよう指示し、弟のトランシーバーを片山さんに渡した。弟が沢へ降りた後は、このトランシーバーで状況を伝える段取りを確認した。
そして片山さんの30mロープと弟の30mロープをダブルフィッシャーマンで繋ぎ、懸垂で川床へ降りた。

兄は、浅瀬で仰向けに大の字で倒れていた。
首だけを持ち上げる兄と目が合った。首だけを苦しそうに持ち上げ、二重アゴで半笑いの兄を見た瞬間に、頚椎損傷の可能性を感じた。
弟は、兄を動かしてはいけないと判断した。ルンゼの下では落石が恐ろしかった。兄は仰向けにずりずり這い、ルンゼから離れた岩の上に移動した。

岩の上で仰向けに首だけを持ち上げる兄は、それ以上は動かなかった。
私はザックから救急セットと携帯電話を出しましたが、圏外。
足が麻痺しているのか、骨折しているのか、判断できなかったが、腕と首はしっかり動いていた。出血もなかった。
足首が痛むようで、まずはテーピングと思ったが、左足の残った靴を脱がすことができなかった。チャックに足に触るだけで激痛があった。この状態で自力脱出は不可能と判断し、兄のトランシーバーで片山さんにレスキューの要請を頼んだ。
しかし片山さんのauも圏外。片山さんに電波の入る場所まで移動をお願いしたところ、「俺のんは?」と兄が。
兄のザックからガラパゴス携帯を取り出すと、電波が全部立っていた。

8:38
弟が110番通報、119番通報をし、iPhoneで確認した経度緯度を伝えた。
すぐに救急車が駆けつけるとのことであった。
兄は自分の持って来たロキソニンを飲んだ。

片山さんに通報完了を伝えた。片山さんは橋1へ移動し待機した。

兄の首の下にサーマレストを差し込み、僕のカッパと兄のカッパを体にかぶせた。
兄が震えていたのは、寒さなのか、なんなのか、とても怖かった。
兄は奥さんに電話をかけ怪我を伝えた。
警察から折り返しの電話があり、ヘリも出動したとわかった。
ロキソニンが効いて来たのか、兄は、いつもの調子で冗談を言うようになった。

9:30
兄と弟がヘラヘラ笑っているとヘリの音が聞こえた。

9:38
兄と弟の頭上にホバリングするヘリコプターから、隊員が2名、懸垂下降で降りて来た。隊員は手際よく兄を担架に乗せた。
その後は救助隊の方々のおかげで病院へ搬送され、片山さんのおかげで車も回収できた。

9:59
隊員1名と共に兄を乗せた担架が離陸した。
弟は、片山さんに兄弟のザックを懸垂下降で設置したロープの末端に固定したことをトランシーバで伝えた。
その後、弟もヘリに収容してもらった。

片山さんは、ザックの引っ張り上げを試みるも、ひっかかり断念した。
片山さんは、懸垂下降で沢へ降り、ザックを担いで登り返した。
遊歩道に到着していた警察官は、兄弟がヘリで中濃厚生病院へ搬送されたことを本部からの無線で知った。
その後、片山さんは駐車場まで歩き、セレナで中濃厚生病院へ向かった。

10:20
兄弟は、岐阜県防災ヘリで中濃厚生病院へ到着し、兄は、すぐに処置室へ運ばれ、各種の検査が行われた。
両足首の単純骨折と腰椎の圧迫骨折、脳には異常がないという診立てであった。
弟は、警察官による事情聴取を受けた。

12:30ごろ
片山さんは、セレナで中濃厚生病院へ到着した。

14:30
中濃厚生病院を出発。

17:00
上野ドライブインに到着し、片山さんとお別れをした。

19:00
大阪府和泉市、和泉市立病院へ到着し、兄は検査後入院した。

今回、本当にたくさんの方々にご迷惑ご心配をおかけしました。
地元の警察・救急の方々、防災ヘリの皆様、病院の方々、沢登りをする全ての方々にご迷惑をおかけしました。
本当に申し訳ないです。

posted by 飄逸沢遊会 at 11:12| Comment(1) | TrackBack(0) | '16年 山行報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
事故に至った経緯・状況・事故後の対処など、
詳細にわかり易く書かれており、しかも臨場感溢れる動画付で、
感動すら覚える事故報告書です。

沢登りのトラバース等では先がわからず気が付かないうちに
そのような滑る・危険な場所に行ってしまい、
あっという間に滑落してしまうことがあります。
明日は我が身かと身につまされる思いです。

先日の集会の際には分厚い冊子の事故報告書も
拝見しました。幕内さんのご心労・お疲れは
いかばかりかとお察しいたします。

お兄さんの一日も早いご回復をお祈りしております。



Posted by ikko at 2016年10月29日 20:07
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